最近のタイムマシン・タイムパラドックスの概念や仕組み。過去を変えても問題ない?

タイムマシンを扱う作品においてよく描かれるのが「過去に行って自分が生まれる前に親を殺したらどうなるか」という、通称「親殺しのパラドックス」。

実際に起きたらどうなるのか、他にもタイムマシンやタイムパラドックスに対する最近の解釈を考察していきます。

※映画などの作品のネタバレも含んだりするので、閲覧の際は注意してください。




タイムマシンの歴史

タイムマシンという概念を扱った最も古い最貧は、スペインの作家エンリケ・ガスパール氏が書いた1887年の「アナクロノペテー」という作品だそうです。(意訳:時間遡行者)

ただこの作品では「過去」の部分には触れていますが、「未来」の部分には触れていません。

「未来」の概念を扱ったのは、イギリス作家ハーバート・ジョージ・ウェルズ(H・G・ウェルズ)氏が1895年に発表した「タイム・マシン」になります。

取り扱った概念やネーミングからこちらの方が有名となり一般に認知されたそうです。

この頃からタイムマシンのように「時間」という概念を取り扱った作品が増え始めるようになりました。

「親殺しのパラドックス」とは

タイムマシン系の作品でよく出てくるのが「タイムパラドックス」という概念ですが、要点をかいつまんで解説します。

親殺しのパラドックス

タイムパラドックスの代表例が「親殺しのパラドックス」になります。

冒頭でも書いた通り「過去にいって自分が生まれる前に、自分の親がいなくなったらどうなるか」というテーマになります。

別に殺す必要はなく「両親の出会いを妨害する」「両親を別々の人と結ばれるよう誘導する」といった穏便な方法もありますが。

キモとなるのは「自分で自分が産まれることを妨害する」という点。

結果として自分が産まれなくなるのに、それを妨害した「自分」はいったどうなるのか? というのがパラドックス(矛盾)となります。

卵が先か鶏が先か

もうひとつの例として「結果が原因になる」というタイムパラドックスの種類があります。

普通は「過去の出来事があって未来ができる」のが当然ですが、タイムスリップが絡むと「未来の出来事が過去をつくる」と矛盾するようなことも起きます。

例えばAという科学者が未来から送られてきた「設計図」によってとある発明をしたとします。

そして何年か経ってタイムマシンができ、未来のAは過去の自分に発明したものの設計図を送ります。

こうしないと過去の自分が設計図を受け取れないため、矛盾を無くさないように行動する必要が出てきます。

しかしこの場合未来から送られてきた「設計図」はどこから・どのタイミングできたのか?

過去の自分は未来の自分から送られたからであり、その未来の自分は過去に送られてきたから同じことをしただけであり…と事象がループしているように見えて実はそうでもなかったり。

「最初に設計図が送られたのはいつなのか?」という矛盾がこのタイムパラドックスになります。

遡った時間が長いほど影響が出る

タイムパラドックスで過去を変えると未来に対して多かれ少なかれ影響が出ます。

そして遡った時間が過去になればなるほど未来への影響は大きくなるといわれています。

ここで「バタフライエフェクト」という概念が出てきます。

バタフライエフェクト(蝶の羽ばたき)とは1982年にアメリカの気象学者エドワード・ローレンス氏が提唱した考えで、有名な例が「ブラジルで蝶が羽ばたけば、テキサスで竜巻が起きる」というもの。

蝶の羽ばたきのようなちっぽけなものでも、巡り巡って遠い地での現象の引き金になるという考えです。

いってしまえば壮大な連鎖反応、ピタゴラスイッチみたいなものです。

これはタイムパラドックスの表現にも使われ、例えば過去に小石を動かしただけでも現在において重大な影響を与える可能性があるというもの。

例として

小石を動かす

誰かが蹴る

蹴った先が道路の中

小石を轢いたらタイヤがパンクした

本来の過去に小石は動かされていないため事故は起きませんが、小石を動かしたことによって起きなくていい事故が起きたというわけです。

これが現在から見て1年前といった直近の時間なら影響は少なく済むことも多いですが、100年・1000年といった遠い過去の歴史を変えれば、現在における影響は大きくなります。

この事故で誰かが死んでしまって、本来その人の子孫が重要な発見や功績を残していた場合、その全てが無くなってしまうことになります。

分かりやすいのが「サウンドオブサンダー」という映画で、この映画では恐竜の時代に蝶一匹踏みつぶしただけで人類が魚類染みた水棲人のような種族に変わってしまうというもの。

過去になればなるほど現在に与える影響は池に投げ込んだ石による並みのように広範囲・大規模になっていき、誰にも予測できなくなっていくと考えられています。

過去を変えることによる影響についての考え方

現在においてタイムパラドックスを含め過去を変えることによる現在に対する影響についての考え方はいくつかあります。

そしてこれは存在する時間軸が一つだけの場合に起きうるパターンです。

①変えられる

過去へのタイムスリップの目的ですが、当然変えられるという結末もあります。

ただ特殊な例もあるので別々に解説します。

誰も認識していない

あまり多くない表現ですが過去を改変したことに誰も、それこそ変えた本人すら認識できなくなるというもの。

過去を変えた瞬間にその時間から消滅して元いた時代に戻され、そのまま変化した世界を生きていくといったものです。

ただこの場合論理的な説明が難しく、また「変えた自分の消滅」は後述する「現在の消滅」といった説明もできるので、あまり主流ではない考え方といえます。

自分だけ認識している

過去を改変したことによって未来が変わるのは当然ですが、その「変わった」というのを認識できるのが変えた本人たちだけというもの。

未来に帰ったあとに変えた過去の出来事を「〇〇ってことがあったよね?」と誰かに問いかけても「そんなことあったっけ?」と返されます。

あるいは存在していないはずの人がいても、変えた本人達以外は特に不思議がってはいなかったりもします。

タイムマシンを扱った作品ではありませんが映画「ジュマンジ ウェルカム トゥ ジャングル」でも、過去に行方不明になった人が住んでいた家が(物理的にも家庭環境的にも)荒れていたのに対し、その人を救い出したて現在に戻ってきたら普通に円満な家庭を築いていたりしました。

②現在の消滅

過去を変えたことにより現在が消滅するという考えです。「親殺しのパラドックス」に対する答えのひとつでもあります。

例え過去に小石1つ動かしただけでも「小石1つ動いた世界」になるため、「動いていない現在」はその矛盾の結果消滅するというもの。

さきほど紹介した映画「サウンドオブサンダー」では変わってしまった現在を元に戻すために恐竜時代に自分たちが蝶を踏みつぶす場面に介入して防いだ瞬間、「防いだほうの自分」が消え去っています

これは蝶を踏みつぶさないよう介入した結果「変わってしまった現在」の原因が無くなるため、それを防ぎにきた本人もろともに消滅したともとれます。

③変えられない

過去はどうやっても変えられないという考え方。

いくつかパターンがあるので別々に解説します。

過程すら変えられない

現在という「結果」が決まっている以上、どう過去を変えようとしても失敗する・同じ結果になるというもの。

想定している結果を変えようと思うと、その「原因と過程」を変えないといけませんが、それすら変えられないというパターンです。

このあたりは絶対に変えられない運命「アカシックレコード」にも繋がってきます。

別記事にまとめてあるので興味がある人は参考にしてください。

漫画やアニメで書かれる「運命」「アカシックレコード」とは? メディアでの扱われ方も考察

結果が同じになる

過程を変えたとしても、結局似たような結果になるパターンです。

2002年の映画「タイムマシン」では主人公が強盗に殺された恋人の死を覆すためタイムスリップしますが、強盗による死を防いでも別の事故に遭って死亡しています

このように過程を問わず「結果そのものが決定している」という場合があります。

あるいは「ある要素があるかぎり特定の結果になる」といったパターンもあります。

「ドラえもん」の主人公のび太の子孫のセワシがそれにあたり、本来はのび太とジャイ子の子孫であるはずが、ドラえもんが現代に来たことによりのび太としずかが結婚することになります。

この場合遺伝子レベルで違いが出ているのにセワシが存在していることから「のび太の子孫である限り〇〇になる」という運命付けがされていると見ることもできます。

結果が原因になる

少々特殊な例では「未来から来た結果が未来を決定づける」「過去と未来がループする」というパターンもあります。

この場合は未来で発生したものが現在に来きたことにより、その未来へと進む原因になるというもの。

映画「ジュブナイル」では主人公の少年のもとに、未来の自分がつくったロボットがタイムスリップしてきます。

結果的にそのロボットは故障してしまうことになりますが、少年は未来にそのロボットを修復してまた過去へと送ります。

こうした結果ロボットが起点となって過去と未来がループすることになってます。

まあこの場合ロボットは修復されただけで誰かによってつくられたわけではないので「ループの最初のロボットはどこからきたのか?」という問題も発生します。

ただこれは後述のタイムパラドックスは起きない理由で解説する「複数ある時間軸」で説明がつきます。

タイムパラドックスは起きない?

過去を変えることは現在に影響を与えると考えられていますが、最近では「影響は無い」という考えも出てきました。

それが「別の時間軸」「並行世界」といった概念を取り込んだもの。

さきほどの解説は「存在する時間軸が一つの場合」でしたが、ここからは「存在する時間軸は複数ある」「いくつも世界がある(生まれる)」といった概念を取り込んでの考察になります。

別の未来が生まれる

これは過去を変えたことにより別の未来が生まれるため、本来の未来は変わりなく存在しているという考えです。

ドラゴンボール

中盤で悟空が死んでしまった未来からベジータとブルマのトランクスがやってきます。

その役目は「梧空の死因の病気を治療するため」と「自分を鍛えてもらう」というもの。

結果としては過去改変は成功して梧空は死なずに済みましたが、トランクスが元居た時代に戻っても変わらず梧空は死んだままでした。

しかし梧空が生存している世界も間違いなく存在しているため、ある地点の時間までは同じ流れだったかトランクスが来た時点で枝分かれしたと考えるのが妥当です。

図のように「A」という時間軸の未来から過去にタイムスリップします。

そうして過去を改変すると本来の流れから変わり、赤線の先の「A’」という未来に分岐します。

こうして過去を変えた結果別々の未来ができるという考え方もできます。

ターミネーター

アーノルド・シュワルツネッガー主演の「ターミネーター」ですが、過去にターミネーターが贈られたことにより未来にズレが存在しています。

これもドラゴンボールのような時間の流れになりますが、こちらは分岐が多数発生しています。

例えば「ターミネーター3」では未来で本来生きている人物が次々抹殺されていますが、「生存していた」という記録が明確に残っています。

そして「ターミネーター4」では本来存在しなかったタイプのターミネーター(サイボーグ型)や、予定より早く新型のターミネーターが開発されたりといったズレが出ています。

「ターミネーター:新起動/ジェニシス」や「ターミネーター:ニューフェイト」では完全に過去あるいは未来が変わっているのに、相変わらず過去にターミネーターが送り込まれています。

作品通してのキーバーソンのジョン・コナーが「ターミネーター3」では未来でターミネーターに殺され、「ターミネーター:新起動/ジェニシス」では別のターミネーターによって新型のターミネーターに改造されています。

「ターミネーター:ニューフェイト」では成人前に死亡していたりとかなりの差があるにも関わらず、「ジョンが生存しているからターミネーターが過去に送り込まれる」ということは変わっていません。

これも過去に干渉したことにより別の未来が生まれたためと考えられます。

別の世界の過去にタイムスリップしている

さきほど挙げた例には別の捉え方もありそもそも自分たちが辿った過去に跳んでいないという解釈です。

例えば自分の時間軸がAとして、自分としてはAの過去に跳んだつもりがA’というかなり似た時間軸の過去に跳んでいたというもの。

「A」の時間軸未来からタイムスリップしたと思っても、実は「A’」という「A」という世界に限りなく似た世界の過去に移動しています。

ターミネーターの世界のように「未来でタイムスリップする」という事態に陥っている世界では、「A’」「A"」とズレた世界に移動していっています。

この場合はタイムスリップというよりも「並行世界A’の〇年□月△日に行った」というのが正しいかもしれません。

これはタイムマシンを使ったというよりは世界移動装置(次元転移装置)を使ったということになります。

いくらA’の世界で行動して改変しようとも、そもそも自分がいた世界(時間軸)ではないので、自分の世界に変化はありません。

前述のターミネーターなどのストーリーではこちらの説も当てはまります。

この理論では「タイムスリップはできない」という解釈も含んでいます。

過去改変したら自分の時代に戻れない?

過去を改変したあとに自分のいた現在(未来)に戻ろうとしても戻れないという説もあります。

おおまかに2つのパターンがあります。

①自分の時代が改変された

こちらは「過去を変えたのだからそれに合わせて未来も変わった」という理屈です。

自分がいた未来が存在しないので、当然戻ることはできません。

このパターンではそもそもの過去改変の目的を果たした結果で、タイムマシンを用いた作品でのオーソドックスな結末になります。

「過去を変えた本人だけは未来が変わったことを認識している」と描画されることも多いのも特徴です。

②自分の時代じゃない

稀なケースですが内容は少々深刻で、自分がいた本来の時代にたどり着けないということもあります。

さきほどもあったこの図ですが、未来が分岐するパターンにおいて過去を変えてしまうと、A’の時間軸に入ってしまい本来のAの時間の流れが断絶してしまいます

そうなると単純に時間のみを遡るだけのタイムマシンでは断たれた時間の流れを辿れず、その時間軸の流れに流されてしまいます。

この場合は自分の元居た時代に戻ろうと思うと、タイムマシンの機能に加え並行世界を渡る機能も必要になってきます。

簡単に説明すると

①Aの時間軸で過去を変える

②時間の流れが変わりA’の世界が生まれる

③時間の流れに沿ってA’の未来へ

④A’の時点で並行世界Aへ移動

⑤自分の元居た時代に帰還

という流れになります。

こういった表現をする作品は稀ですが、こういうケースもあると思ってください。

総評

結論ですがタイムマシンが絡む概念は複雑極まりない。これに尽きると思います。

いろいろ説を挙げてきましたが結局のところ「こうなる可能性がある」の域を出ません。

そもそもタイムマシンが完成していない以上、上記のどの説が当てはまるかも定かではないです。

しかしタイムマシンを扱う作品では過去を変える危険性も同時に描かれているものも多いです。

「過去を変えることは今の否定」なんて感情論で過去改変を否定する理論もありますが、どんな危険を内包しているかもわかりません。

例えタイムマシンができたとしても安易に使うべきじゃないのかもしれません。